周囲からざわめきが起こる。

『きゃあ♪』という嬉しげな黄色い歓声も上がっていた。

「桐ノ院圭だわ!へえ、指揮ではなくてビオラを演奏するのね」

環も実に嬉しそうな声を上げた。

ビオラの席に座ったのは話に出てきた桐ノ院圭。そして、最後に現れてコンマスの席に座ったのは、さっき見かけた【彼】、守村悠季だった。

スーツやドレスを着て出てきた人々は、澄ました顔で席に座り、楽器を構え・・・・・。


何も曲名を言わずに演奏するつもりらしいけど、どんな曲を聞かせてくれるのだろうか。モーツァルト?それともヴェートーヴェン?

ついつい期待して耳をすませる。

けれど曲が始まったところでびっくり仰天した。
奏でられたのは思いがけない曲、陽気に浮かれた騒々しくて軽薄なJポップだったのだから。

周囲もびっくりしてざわめいていたけど、すぐに曲を楽しみだした。クラシック風にアレンジされた、とても楽しい演奏だったから。

曲が終わり盛大な拍手や口笛で喝采される中、チェロを担当していた男性がマイクをもって立ち上がって中央にやってくると、観客に向かって明るい口調で話し出した。

『あー、皆さんこんにちはー。桐ノ院圭オーケストラの中でチェロをやらしてもらっている五十嵐と言います。今日はオーケストラの中でペーペーなもので、MCを仰せ付けられました。慣れないもので緊張してますが、どうぞよろしくー』

簡単な説明の中でも活動しているオーケストラの説明や今回のメンバーのことを手際よく紹介していた。

『・・・・・いつもはコテコテのクラシック曲ばかりをやっているのが桐ノ院オーケストラでして、この音楽祭にも普通のコンサートをやりました。え、普通じゃなくて、すばらしい?"すばらしい"コンサートですね。あーはいはい。背後から教育的指導が入りましたー』

客席から笑いがおきる。

『えーそれでですね。 "すばらしい"コンサートだけっていうのは、せっかくお祭りに参加するっていうのにもったいないじゃないですかー。自分は阿波っ子でして踊る阿呆と見る阿呆、同じ阿呆なら演奏しなきゃ損々ってわけで、こちらの会場にもお祭り好きなメンバーが集まって『フジミ小楽団』を結成して参加させてもらいましたー!』

盛大な拍手。ノリのよい前説で観客の興味をひきつけている。

「・・・・・ということで、どうせ演奏するなら、今までやったことのない曲をやってみようということになりまして、みんなで演奏したい曲を上げていって、クラシック以外の曲を選んだんですね。人数が少ないんだから、曲選びなんて簡単だと思っていたら、これがまた編成が問題になりまして。
いえね、プロなんだからどんな曲でもドンと来いっ!ってメンバーばかりなんですが、選んだ曲がはちゃめちゃだったもので編曲がとんでもなく難しくなってしまったんですよ。誰だ、こんな曲選んだの。責任者出て来ーい!って・・・・・俺?俺なのか!?」

お約束の動きで、背後で楽器を構えていた仲間がさっと彼を指差すものだから、がっくりと肩を落としてみせると、客たちは腹を抱えて楽しげに笑う。

「そこで名乗りを上げてくれたのが我がオーケストラの指揮者である桐ノ院圭です。指揮だけじゃなくて作曲も編曲も出来る天才指揮者!編曲してやるから楽団に入れてくれと《取引》(司会者はここを強調した)を持ちかけられまして、でも今回、指揮者は必要なかったのでビオラの席を乗っ取って座っています」

ビオラ席に視線を誘導すると、客たちはどこなのかと視線を動かす。

「自薦するだけあって編曲は楽勝だったみたいで、すばらしい曲を作ってもらいました。実を言うと、桐ノ院はビオラもチェロも出来る人なので、あやうくチェロの席を奪われそうになっちゃいましてあせりまくりましたが、なんとか無事チェロの席は死守できました!」

冷や汗を拭くジェスチャーで観客がまた笑う。

「・・・・・前説はこのくらいにして、このあとも楽しんでいただけるようにがんばります。それでは、次の曲をおおくりします」

そう言って、ジャズの曲とロック風の映画音楽の曲、更にはなつかしいアニメの主題曲のタイトルをあげて、自分の席へと戻っていった。

そうして始まった演奏は、実にみごとだった。もともとの曲のイメージを壊していないのにクラシックとしての雰囲気をまとっていた。演奏している人たちも実に楽しそうで、いつものクラシックコンサートとは違ってノリノリで、聞いている人たちも一緒になって楽しんでいた。

当然【彼】も。嬉しそうな笑顔でバイオリンを弾いていた。

曲が終わると客たちは一斉に口笛に歓声をあげ、立ち上がっての盛大な拍手で演奏者に楽しかったことを伝えてきた。

「驚いたわね。こんなに傾向の違う曲を並べているのに破綻してないわ」

隣で感心した様子で環がつぶやいた。

「えっ!?」

私は単純に楽しんでいただけだった。かれらの演奏に演奏家として参加できないことを少々うらやましく思いながら。

でも、環は違っていたらしい。どちらかといえば、企画を考えるものとして?

「だって、こんなに変則的で小規模な楽器編成でいながら、ちっとも違和感なく演奏しているのよ?既成の楽譜では使えないはず。さすがは桐ノ院圭。全部自分で編曲したわけね」

うーんとうなっていた。

ぞろぞろと楽団員が引き上げていき、客たちは拍手でアンコールを求める。拍手は鳴り止まず、ついに楽団員たちが席に戻ってきて、更に拍手が激しくなっていく。

『ありがとうございました!楽しんでいただけたようで、我々オーケストラ一同も感激してます。どうもどうもー。それじゃこれで終わりってことで・・・・・なんていったらまずいですよね」

さっさとアンコールやれ!なんてヤジが観客から飛ぶ。

「わっかりました。それじゃアンコールとして一曲。これはもともとオーケストラで演奏されていた曲なんで、ぜんぜんクラシックとかけ離れた曲ってわけじゃないんですが、今までうちの楽団で演奏したことがないってことで、今回のミニコンサートで演奏することになりました。映画の挿入曲から、曲は――――」

そして、立ち上がってソロを演奏したのが【彼】だった!

なんて綺麗な曲。そして、なんて素敵な演奏!

私は弾いているのが誰なのかすっかり忘れて、聞きほれていた。

曲を気に入ったのは私だけではなかったようで、拍手は鳴り止まず更にアンコールを一曲重ねてミニコンサートが終了し、楽団員たちは割れんばかりの拍手とともに退場していった。


「うーん、よかったー!ミニコンサートだからたいして期待してなかったけど、幸運だったわねぇ!めちゃくちゃ満足だわ〜!」

環が満足そうなため息とともに言った。

「その上、守村悠季のソロが聞けるなんて、超ラッキー!」

なんだか聞きずてならないセリフまで出てくる。

「最近、スランプなのか迷いが出てるみたいで演奏が不安定だなんてウチの主任が言ってたけど、なあんだ全然問題ないじゃない。会社に行ったら問題なしでしたよって言ってやらないとね」

うんうんとうなずきながら言う。

「ちょっと環。あなたもしかして守村悠季のファンだ、なんていうんじゃないでしょうね!?」

「え?!そうだけど?」

「いつからよ!?じゃなくて、私、派閥が!」

「だって私には関係ないもの。大学は卒業しちゃったし、バイオリンは趣味になってしまったし」

好きなものは好きなだけよ。

なんてあっけらかんとして言う。

「だって、なんで、そんな・・・・・」

頭にいろいろな感情がうずまいていて、環に言いたいことが山のようにある気がするのに、口にすることができない。

「最初から真理子に言ってたら一緒に聞きに来ないでしょ?だから内緒で誘ったのよ。有料のコンサートだとチケットを見て『行かない』って言い出すでしょう?だから無料のコンサートにしたのよ」

つまりコンサートの開場時間よりも早くここで待ち合わせにしたのは、彼の参加しているオーケストラのプチコンサートを聴くのが本当の目的だったらしい。

「そんなに私に守村悠季の音を聞かせたかったわけ?」

「まあね。素敵でしょ?彼」

「環、彼のことをそんなに好きだったんだ」

まるで屈託なく言う環の表情に、私は脱力した。

彼女にとって、派閥とかライバルとか、私にとって大問題になっていることについて、まるで関係がないってことらしい。

なんだかむかつく。

「・・・・・だったら私の音も聞いてよ。以前私のバイオリンの音が好きだって言ってたじゃない」

「そりゃ、コンサートを開いてくれるなら行きますよぉ。ちゃんとチケットを買ってね」

ぐっと詰まった。

確かに近頃の私は講師業の忙しさにかまけて演奏家としての研鑽を忘れていたようだ。教師としてだけではなく、演奏家として考えていくなら、あれこれ手を回してコンサートを開く予定を立てなければならなかったのに。

仕事のオファーはあったけど断ったり保留にしたりしていた。ただ初めての定職に浮かれ、講師としてあれこれ雑用が増えてしまって、ゆとりがなくなっていたのだ。

大学講師は教える側であって、演奏者ではない。それなのに忙しくて嬉しいなどと勘違いして、満足していたのだ。

勝山先生はこのことを私に言いたかったんだろうか。

ちゃんと考えろっていうのは、立ち止まるな、演奏家バイオリニストとしての活動を忘れるなってことだった?

・・・・・そうかもしれない。俗物の気がある先生はもっと端的に、稼げるバイオリニストになりなさいって言っていたけど。つまりは自分の本分を忘れるなってこと。

―――ちゃんと肝に銘じた。ただの教師ではなく、私は演奏家なのだということは。

「今度、コンサートを開くから。チケット買ってよねっ!」

「はいはい、楽しみに待ってるわよ」

ひらひらと手を振って環は立ち上がった。

「さてあんたのコンサートの前に、まずは今日のコンサートに出かけましょ」

「・・・・・そうだったわね」

私たちはテーブルから立ち上がり、本日メインのコンサートへと向かう。

いい演奏でありますように。

私はバイオリニストとして聞くのだから。












アコ様のリクエストでした!

「学園祭ラブラブデート」
 仲良く学園祭に行くお話しを書いていただけないでしょうか。
 さりげないペアルックがあればなお良し(笑)
出来れば、「北島万里子講師目線の悠季」を

とのことだったのですが、原作の中で北島講師が派閥の違う、いわばライバルという位置関係にあることや、福山先生が圭との関係を知ってしまったために、邦立大学の学園祭に行くことは無理じゃないかと悩んでいるうちに、だんだん話がずれまくり(苦笑)
こんな話になってしまいました。
微妙に学園祭の話題を振ったり、ペアルックもどきを着せたりと工夫してみました。

2015年のプチオンリーで出した、【空の深さは】の北島嬢目線となります。
実は本編製作にに苦労してしまい、この作品をに持っていこうかと真剣に悩んでいました。←ズル!
本編の方が間に合ってよかったです。(*´∀`*)



2015.7/5 UP